この記事では2025年1月に中国のAIスタートアップDeepSeekが低コストで高性能な生成AIモデルを開発したことで引き起こされたDeepSeekショックについて独自の視点で考察していきます。
DeepSeekショックとは
中国のAIスタートアップ企業DeepSeekが2025年1月に発表した「DeepSeek-R1」モデルを発端として発生した経済現象をDeepSeekショックと呼びます。
DeepSeekのアプリは1月27日頃から短期間、App Store無料アプリランキングで1位を獲得してOpenAIのChatGPTを上回りました。
DeepSeek R1とは
以下の情報はDeepSeekが公表した内容であり、確認が取れていないことに注意が必要です。
- 高い性能:複数のベンチマーク(AIの性能を比較する試験)で優れた成績を示しており、OpenAIのChatGPT o1モデルに匹敵する性能を持ちます。
- 低コスト:ChatGPTの開発で使用したGPUの5分の1しか使わず、わずか2ヶ月と600万ドル以下の予算で開発を完了しました(※正確さに欠け、米国企業の予算と変わらないとの指摘があります)。さらにOpenAI o1の3.6%の価格で利用することができます(※広告として安価に提供している可能性があります)。
DeepSeekショックが与えた影響
NVIDIA製のGPUへの依存度が高い企業やハイテク株を中心に株価が下落しました。
- NVIDIA:株価がおよそ17%下落し時価総額が6,000億ドル(約90兆円)減少した。※トヨタ自動車の時価総額のおよそ二倍
- ブロードコム:株価がおよそ17%下落し、時価総額が2,000億ドル(約30兆円)減少した。
- データセンター関連企業:ヒューレット・パッカードエンタープライズが5.8%下落、デル・テクノロジーズが8.7%下落、オラクルが13.8%下落
- 米国市場:S&P500が1.46%下落、ナスダック100が2.97%下落
なぜNVIDIAの株価は下落したか
必要なAIチップが減少する
DeepSeekの技術が「少ないAIチップでも高性能AIを実現できる」ことを示唆し、NVIDIA製半導体の出荷台数が低下する可能性が浮上しました
業界中心が変化する可能性
「低コストで高性能のAIを開発できる」と、米国中心となっている市場が他国に奪われる可能性があります
市場加熱による恐怖感
AI関連銘柄の株価が高水準で推移していたため、投資家の不安を誘発し、売りを加速させました
技術専門家の見解
DeepSeekショック発生から早い段階でAI関連の専門家や著名人による市場の反応とは異なる見解がありました。
肯定的な受け止め
多くの専門家はDeepSeekの成果がAI分野にとって前向きな進展であると認識しています。これはDeepSeek R1がオープンソース(誰でも同じものをAIモデルを作製できる)であることなどが原因です。
オープンソースであることで全ての研究者がこの結果を元に新たなモデルを開発することができ、さらなる発展の機会であるとの捉え方が一般的です。
IntelのCEOを務めたPat Gelsinger氏も「AI のコストを下げることで市場が拡大する」と述べました。
誇張や報道の正確性
Google DeepMindのCEOであるDemis Hassabis氏:「おそらく中国から出てきたものの中で最高の成果だ」と語りつつも「誇張」と評しました。
後述しますがDeepSeekのモデルが競合他社の何分の一かのコストで訓練されたという主張は注目を集めていますが、一部の専門家は正確な数字については懐疑的です。
DeepSeekショックからの回復
企業の株価の推移
NVIDIAは3週間ほどで1月21日前後の水準まで株価を回復させました。
同様にブロードコムやデル・テクノロジーズもDeepSeekショック発生前の水準に株価を戻しています。
DeepSeekにつくハテナ
DeepSeekショックが発生して3週間程度で様々な疑問や懸念が提起されました。
- データの透明性:学習データの詳細が完全には公開されておらず、データソースの不透明性が指摘されています。
- ChatGPTモデルの蒸留疑惑:OpenAIのGPTモデルを意図的に蒸留(ChatGPTの解答をDeepSeekの学習に利用している)している可能性があり、倫理的・法的問題が生じる懸念があります。
- ベンチマーク結果の再現性:公表されている高いベンチマーク結果が、実際の使用環境で再現できるかどうかが不明です。
- 政治的バイアス:中国政府の立場を無関係に表明するケースがあり、情報操作のリスクが指摘されています。
- プライバシーとデータ保護:
- 中国の法律に基づき、政府とのデータ共有義務がある可能性があります。
- ユーザーのインプット/アウトプットを利用される可能性があります。
考察
低価格化と高性能化
これまでのAI分野をはじめとする情報分野は低価格化と高性能化を繰り返しながら発展してきました。
AIチップの低価格化に関するものにムーアの法則という法則があります。
これは半導体のコストが18カ月で半分になるという経験則です。(最近では24カ月で半分という習性がなされました)年間に直すと30%のコストカットとなります。
それに対してAI開発に必要な計算量(≒必要なAIチップ)は2012年から2018年までで毎年10倍の増加を記録しています。LLMが一般的になった昨今、この倍率はさらに増加していることが予想出来ます。
株価の低下は適切な反応だったか
上述した通りAIチップの需要はチップの低価格化を考慮しても指数関数的に増加しています。DeepSeek R1によりNVIDIAの売上が低迷すると予想する(株価の低下を引き起こす)にはどのようなシナリオが必要なのか考察を行います。
- シナリオ【既存のChatGPTやGeminiで使われるアルゴリズムがR1と同様に置き換えられる】:既存のモデルにDeepSeek R1のアルゴリズムが採用されればNVIDIAの顧客であるビッグテックが必要とするAIチップが削減されます。
- シナリオ【DeepSeek R1が既存のLLMから大量の顧客を奪う】:DeepSeek R1がChatGPTやGeminiの顧客を大量に奪うことができれば、全体として必要なAIチップが削減されます
このようなシナリオが考えられますが、現実的なものでしょうか。
※どちらのシナリオにも「本当にコストを削減できていた場合」、という注釈が入ります。また、技術の置き換えや顧客の入れ替わりの速度がAI市場の成長よりも遅ければNVIDIAの売上低迷を説明することが難しくなります。
最初のシナリオに対する考察です。
DeepSeek R1が公開された当時、既にChatGPT o3等の最新のモデルに関する情報が明らかになっていました。最先端のLLM開発は我々が目にしているモデルの数段先を進んでいます。つまり、後出しで既存のモデルと遜色ない性能を達成しても、未公開の最先端性能からは大きく遅れている可能性があります。そのような日進月歩の中で他社の軽量化技術を直ちに採用するでしょうか。
二つ目のシナリオに対する考察です。
ここでは二つの観点からChatGPTやGeminiの顧客を奪うことは難しいことを示します。一つ目の観点は安全性です。上述したように開発元が中国企業であり、プライバシーやデータ保護に問題を抱えています。これらは企業が利用する場合の大きな足かせになります。二つ目はもしユーザーが流出した場合でも簡単に引き止め対応ができる点です。DeepSeek R1は無料で既存の有料モデルと同様のレベルのAIを使える点が強みです。OpenAI等がユーザーを奪われるのを防ぐためには無料範囲を広げるだけで対応が可能です。
また、既にこれらのサービスに課金しているユーザーは先端技術への感度が高く一時的に使用することがあっても性能が高いモデルをいち早く発表するOpenAIなどのビッグテックに帰着する可能性があります。
無料ユーザーが一部流出する可能性があっても効果はあくまで限定的なのではないでしょうか。
このようにDeepSeek R1の公開によってNVIDIAをはじめとするハイテク株の下落が発生しましたが、既に株価は暴落前の水準に戻っておりDeepSeekに対する市場の反応が誤りであった可能性があります。
まとめ
- DeepSeekショックによりNVIDIAをはじめとするハイテク株が暴落した
- 当初より技術専門家は市場と異なる見方をしていた
- 株価は回復しつつあり、市場の反応が誤っていた可能性がある
